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-- インドネシアの人々1 --(No.9)
インドネシアの人々に、僕はいつも教えられている。物の考え方や行動が僕とは全く違う。まあ、僕も典型的な日本人でないことは自覚しているけど、どうやっても理解できないことがある。最初のうちは、いつも心の中で「ここはインドネシア、ここはインドネシアなのだ。だから何も考えてはいけない。」と思っていた。しかし今は「やっぱしここはインドネシアだ。何となく・・・・いいなぁ。」と余裕がある。スケジュール通り物事が動かないのは、人がやっているから。一人一人は全く完璧でないことをいやと言うほど教えられる。日本人なら、表面を繕う。しかし、彼らは生の姿でぶつかってくる。そしてこの感覚が仕事を一緒にやっていく上で欠かせない、目に見えないスケジュールの一つになっていくのである。重要なことは結果を出すこと、過程や時間は、結局は何の効果も生み出さない。不完全な人々が集まって何とか形ができていく。それは僕らも一緒だ。その上、出てくる結果は予想以上のものができあがる。今は、これだから一緒にやっていけるのだと思うようになった。
しかし、その感覚もインドネシアに行くたびに微妙に違ってくる。最初の頃は、「よくバスになんか乗って来ましたね。」「タクシーだって危ないでしょ。」「ジャカルタの北の方に泊まっているんですか。大丈夫ですか。あっちの方は危ないですよ。」「電車になんか乗ることがあるのですか。とんでもないですよ。」「調査で漁船になんか乗って怖くないですか。」などなど、こんな言葉をよく聞いた。かつては、その度に「インドネシアの庶民の人たちが使っているし、住んでいますから。だから一番安全でしょ。」と、答えていた。しかし、今はそれも少し違うと思っている。自分自身が心地よいからそういう選択をしているだけなのだ。
(No.10に続く)
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