僕らが増やしたわけではない②

僕らが増やしたわけではない②

前回、小笠原のアオウミガメが増えている話をした。小笠原はアオウミガメの繁殖地としては、世界の最北端に位置する。僕が小笠原でウミガメをやり始めたのは1982年からである。その年の父島列島の産卵巣数は108巣であった。その2年前は82巣で、過去最も少ない産卵巣数であった。雌ガメが1シーズンに平均で4.2回産卵する。それから計算すると父島列島には20頭の雌ガメが産卵したことになる。捕獲も15頭で半数が雌だとしても、父島列島には27-8頭が来遊したと推定される。雌ガメの捕獲率は約25%となる。
2012年、父島列島の産卵巣数は1919巣と過去最高であった。捕獲された雌ガメは27頭で、捕獲率は13%である。雌ガメの推定来遊数は507頭である。来遊雌ガメ数は1980年の18倍になる。

これまでの標識放流で、父島列島のアオウミガメの産卵回帰年数は4.3年であることがわかっている。他の熱帯地方の繁殖地では、早いところでは2年、遅いところでも3年である。また、カリブ海のグランド・ケーマン島のアオウミガメの養殖上では、90%以上の馬頭カメが1年で産卵する。これが意味するところは、餌料の条件がよければ、産卵の回帰年数が短くなり、悪ければ長くなるということである。他の地域でアオウミガメが摂餌しているアマモなどの海草と違い、小笠原のアオウミガメはホンダワラなどの海藻を食べている。水温が大きく影響していると思われるが、海草の方が海藻よりも、栄養価が高いのだろう。当然のことながら、このことは、成熟年数にも関係するだろう。ハワイなどでは17-25年、フロリダでは19-24年、オーストラリアでは23年と言われている。

小笠原のアオウミガメは、戦前乱獲により激減した。図を見るとわかるように、捕獲圧が減るのは、第二次大戦中から1968年までのアメリカ占領時代である。現在のアオウミガメの増加要因はこの時期の捕獲圧の減少しか考えられないのである。そうなると、2000年あたりからの急激な増加傾向からみると、小笠原産のアオウミガメは成熟するのに50年以上かかるものと、考えざるを得ないのである。まさに、歴史が小笠原のアオウミガメを増加させたと言える。小笠原が日本に返還になった1968年から、アオウミガメの捕獲圧が急激に増加する。従って、小笠原への来遊数の減少が始まれば、より正確な成熟年数が推定できる。皮肉なことではあるが、人の過剰な活動によりこのように生態の一部が明らかになっていくのである。あと5年で減少が始まらなければ、小笠原のアオウミガメは50年では成熟しないという結果となる。