現場の限界
先日、日本ウミガメ会議で長年日本ウミガメ協議会を支えてきた亀崎会長が引退を表明した。亀崎氏は、日本ウミガメ協議会にウミガメに関心のある人を引き入れ、ウミガメ研究者の卵を育成してきた。彼の最後のメッセージの中に、「研究者は、ウミガメのモニタリング調査はできない」という言葉があった。まさしく、世界のウミガメの世界を見すえた発言だと思う。ある意味、研究者の現実と限界を表す言葉だと思う。長期にわたるモニタリング調査をやらなければ、ウミガメを保全することはできない。現場での研究者による研究や調査がなければ、同様にウミガメの保全はできない。多くの国では、産卵状況などのモニタリング調査は、大学や政府機関が行っている。日本では、多くのNGOやNPOが日本の各地でウミガメの産卵状況を調査している。政府がほとんど関わっていないのは、日本だけであり、日本人としてのウミガメ保全に対する意識は非常に高い。しかし、世界では研究者でなければ、ウミガメのことはわからないという風潮があり、日本はウミガメの保全に関して世界でワーストワンと評価されている。このような状況の中で、ウミガメの世界では机の上の研究者が爆発的に増えてきた。論文や各地からウミガメに関する様々な結果データを収集して、それを論文にする研究者が有象無象にいる。現場でデータを取れなくなった研究者が、言い方を変えると人のデータを使う研究者が急増したのである。中には、「俺は研究者で、こういうことをやりたいから、データをよこせ」と平気で言ってくる輩もいる。そんなメールが世界各地から入ってくる。確かに、西部太平洋とか、東南アジア全体とか、範囲が広く、全体的なウミガメの生態や保全を考えると、そういうやむに已まれぬ気持ちは分からなくはない。まあ、中には勝手にデータを使う研究者もどきもいるけどね。
個々の団体や機関単位で考えると、現場からのデータを活かし、自らウミガメを絶滅させない具体的な手法を用いて活動しているのは、世界中でエルナだけだと思う。そもそも、「種としてのウミガメを絶滅させない」ことを、目標=活動にしている団体は他にはないだろう。確かに、いままでは各活動地点単位で考え、エルナの職員が自分たちの経験を活かして、それを具現化すれば、ちゃんとした形になる。しかし、これには論文の読破や研究者との交流などの情報収集、時には論文を書くなどという大変な労力と、ウミガメを絶滅させない責任感という苦痛が伴う。しかし、プロジェクトやその内容が充実し、プロジェクト数が増えてくると、現場だけの活動には限界がある。やはりどこかで妥協し、政府機関や研究者と共同してプロジェクトを推進していく必要が出てくるのである。現状を考えれば、エルナは目標を見失い、政府機関や研究者の単なる一つの労力提供団体になっていくのである。反面、日本の行政ではウミガメの世界にはついて来られないというジレンマもある。しかし、世間では、これが行政や企業・大学(研究者)を含めた協働という、はた目には美しい世界らしい。