ELNAの基本~ふ化率調査~(No.17)

僕は30年間、ふ化後のふ化しなかった卵を割ってきた。これまで、アオウミガメ・アカウミガメ・タイマイ・オサガメ・ヒメウミガメの死亡した卵をみてきた。最近になって、ようやくいろいろなことが見えてきた。僕にとってふ化率調査とは、ふ化殻数を数えて何頭の稚ガメがふ化したかはそれほど重要ではなく、ふ化しなかった卵を割ることなのである。不思議なことだけど、ふ化しなかった卵を割ってふ化率調査をしている人は世界的にもほとんどいない。ウミガメ保護なり、ウミガメ資源管理なり、ウミガメ保全なり、人によってそれぞれ思い入れや考え方が違うと思うけど、少なくとも海岸でウミガメに接しているならば、自然とふ化率調査がメインとなるはずである。僕自身これを確信するのに何年もかかっているわけだけど、産卵巣数の計数・標識装着・卵の移植などはウミガメの資源全体を考えた場合、それは全てふ化率調査が基本となり、海岸における他の調査と繋がっていく。

ふ化率調査は大きく分けて二つの見方がある。一つは、産卵巣を全体からみるふ化率調査である。産卵巣数、産卵密度、食害率、移植率、流失・水没率、盗掘率(または卵の採取率)の調査がこれにあたる。もう一つは、一つの産卵巣のふ化状況を調べるふ化率調査である。狭義の意味でこれが本来のふ化率調査ではあるが、調査内容は国や地域による違いが甚だしく、中にはふ化後のふ化殻をみても稚ガメのふ化数など分かるわけがないと言っている研究者もいる。これにも様々な考え方はあるわけで、確かに一つの産卵巣における絶対的なふ化数は求められないけど、一つの海岸の全体的なふ化状況は把握できる。しかし、最も重要なことはふ化しなかった方の卵である。何故ふ化しなかったかを追求することが、僕にとってのふ化率調査なのだ。ふ化しなかった卵には未受精・未発生・発生段階別の死亡がある。産卵巣の中にはそれと脱出できずに死亡した稚ガメもみられる。

ウミガメの受精卵は産卵時にすでにステージ6という段階で産み落とされる。つまり、産卵メス亀の胎内ですでに卵の発生が始まっている。未受精卵と未発生卵の見分けは現場ではほとんど不可能である。現実的には未受精卵は未発生卵と記録されている。卵に悪影響を及ぼす環境要因が何もなければ、未発生卵の出現率は5-10%といわれている。これが多分未受精率とみなされるだろう。現場では、肉眼で胚や羊膜が確認できなかったものを未発生卵としている。未発生卵には、白くパンパンに膨張したもの、茶色く変色したもの、卵殻が真っ黒になったもの、乾燥してカチカチになったもの、卵黄も卵白もきれいなもの、卵白が澱んでいるもの、卵白がなく卵黄が乾燥したもの、卵黄が粉っぽくなったもの、卵白が菌により赤やピンク・黒・緑などに変色しているものがある。それほど未発生卵は多様な様相を示している。海岸でふ化率調査をしていると未発生卵の出現率は0-100%と幅が広い。問題は何故この未発生卵が出現するかである。これがなかなかの難問なのである。今でも判断に迷うような卵がある。これは発生段階別の死亡卵についても同様である。

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卵を死亡させている主な要因として、高波による産卵巣の水没により卵が呼吸できなくなる窒息死、メカニズムはまだよく分かっていないがふ化直前と直後の代謝熱と地温の複合作用による死亡の二つが上げられる。これ以外には地域によって偏りがあるが、様々な動物による食害される卵がある。卵の食害にはアライグマやブタ、ミズオオトカゲなどが産卵巣を掘り出して卵を食べるもの、アリやスナガニ、コガネムシの幼虫などが卵までたどり着いて卵を一つずつ食べるものの二つのパターンがある。

ふ化率を向上させるには、これらの卵に悪影響を与えている要因を海岸内の区域毎に取り除く必要がある。しかし、前述したようにほとんどの場所では、ふ化殻から稚ガメの生産量を計数しているだけで、ふ化率が低かったり、卵の盗掘があったりすると卵の移植という手段しか取られていない。これは非常に危険なやり方である。現実には、卵を全部移植してウミガメの資源量が増えている地域は世界中どこにもない。移植後のふ化した稚ガメを短期育成して放流し、資源が増加している例は何カ所かある。しかし、ほとんどの場所ではそのような施設を持たない。悪いことには、天然のふ化率が低いとか卵が盗掘されるのを防ぐために移植を行い、移植のふ化率の方がさらに低いことも現実的に起きている。人の野生動物に対する感覚的慈善を自然保護活動とみなすか、資源を着実に増やす資源の保全事業を是とするか、これらの評価もやはりふ化率調査の結果が全てを語る。しかし、このようなふ化率調査が実際に実施されているところはほんの数えるほどしかない。

僕はこのことで今まさにアメリカの海洋漁業省と対抗している。アメリカはイリアンジャヤのオサガメで卵の移植プロジェクトを始めようとしている。その根拠は昨年オサガメの繁殖地でアメリカが行った51巣のふ化率調査によるふ化率25%という数値が基になっている。これは僕らが実施した182巣のふ化率調査の結果である29.1%と値は近いが調査の内容は全く違う。僕らの調査はふ化しなかった卵の調査に重点を置いているのである。アメリカはWWF-Indonesiaに調査を任せ、実際にはふ化率調査を全くやったことのない人たちがふ化殻の計数をした。

イリアンジャヤのオサガメは今絶滅の危機にある。僕は仕事としてここのオサガメ資源の保全をしようとしている。僕にとってふ化率調査は真剣勝負なのだ。自分の30年間の卵を割ってきた経験を基に、ふ化率低下を招いている要因を真剣に探り、その要因を取り除こうとしている。またこれまでに移植の弊害をいやと言うほど思い知らされている。アメリカのやり方をみていると、抑えようのない怒りがこみ上げてくるのである。(「ELNAの基本~ふ化率調査~」了)