ウミガメの独り言(黎明編)

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出会いと始まり (No.1)

ウミガメと関わって30年近くになろうとしています。僕が小笠原諸島父島に行ったのは昭和51年10月(1976年)でした。東…

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再び、出会いと始まり(No.2)

今回は、小笠原ではなくインドネシアです。時は1980年、当時の日本タイマイ協会から依頼され、「マレーシア・シンガポール・…

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出帆(No.3)

エバーラスティング・ネイチャーが設立して、もうすぐ1年になろうとしています。僕が小笠原でカメと出会って27年、日本ウミガ…

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ウミガメとの出会い、そして・・・(No.4)

初めて僕がウミガメを意識して見たのは、小笠原諸島の南島です。やはりジョンソンと一緒でした。右の後ろ足が折れていたのが印象…

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インドネシアの人々(No.5)

インドネシアの人々に、僕はいつも教えられている。物の考え方や行動が僕とは全く違う。まあ、僕も典型的な日本人でないことは自…

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タイマイ(No.6)

タイマイという「言葉」には、奇妙な響きを感じる。僕の人生はタイマイとアオウミガメという二つの言葉を引きずっている。最近は…

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死体(No.7)

この3年あまり、僕は死体と関わっている。もちろんウミガメの死体だ。皆は漂着(ストランディング)と言っている。漂着死体の話…

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若い人たち(No.8)

今、インドネシアウミガメ研究センターには、アキルさん(38)の配下として4人の若者たちがいます。1997年の設立当初から…

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怒り(No.9)

2004年2月末、僕はコスタリカにいました。国際ウミガメシンポジウム、僕はそれに参加していたのです。その時ほど、自分がカ…

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ウミガメの将来 -理想と現実(No.10)

今年の5月にハワイでタイマイとオサガメのワークショップがあった。Western Pacific Regional Fis…

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