ウミガメの仕事~僕らにはパワーが必要だ~(No.26)

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まだ僕が20代の頃、小笠原には電話が3回線しかなく、島から電話するには申し込みが必要だった。普通でも30分や40分待ちは当たり前であった。もちろんファックスなどない。「至急」というのがあり、これだと5分くらいで繋いでもらえるが、料金は5割り増しであった。今では、料金は23区内と同じ扱いとなっているが、当時は距離で料金が決められ、あっという間に数千円にもなり、今の若者の携帯電話料金以上の負担になっていた。理不尽なことに、東京以外に電話すると、小笠原から東京までの距離と東京からその地域までの距離というように加算されるのである。

小笠原海洋センターに在籍していた頃、時々市外電話がかかってくる。標識放流したウミガメの再捕の連絡は、当時全てが電話である。中には、手紙を送ってくれたり、封筒にタグを入れたりして連絡くださる人もいる。電話の場合、「貴重なデータをご連絡いただき、ありがとうございます。」と言うのが、当たり前のように口に出ていた。今思うと本当に「貴重なデータ」なのであろうかと思う。「貴重なデータ」とは、活かされて初めて貴重なデータになるのであって、そのデータを埋もれさせているのは、こちら側である。当時なぜ僕は「ご連絡ありがとうございました。このデータを充分に活用させていただきます。」と言えなかったかと思う。その根底には、未だに標識放流結果の充分な解析が行われていない事実があり、「貴重なデータ」などという意識は当時の僕には多分全くなかったからではないか。

この標識放流のまとめというのは実にくせ者で、まとめるきっかけや区切りが見えないのである。毎年の放流数は出ても、標識ガメの再捕の連絡はだらだらと何年にも亘って入ってくる。だから、まとめるきっかけがなかなかつかめない。世界でも、ウミガメの標識放流結果をまとめ、解析した例はほとんどないのである。唯一それが活かされたのは、メキシコやコスタリカのオサガメの20年間に亘る産卵回帰を解析した結果であろう。その結果により、オサガメの減少は公海上で行われている延縄漁が主な原因であると言及されたのである。標識放流は重要な調査であり、最も結果の見えやすい調査でもあり、世界中どころでも行われているが、これについての報告や論文は非常に少ない。情けないけど、僕の立場もその大多数の方に入っている。

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僕らの仕事は力を持つことが重要である。ウミガメに関わる力とは「経験と知識の蓄積」である。事実の積み重ねが必要なのである。自分の経験を知識で裏付ける、知識を自分の経験の中に取り込む、より多く、より深く知識を吸収する、そして経験を積んで行く。これによって、ただひたすら前進していくのである。こうして事実を蓄積させることにより、状況判断や今後の予測を立てることができる。だから、標識放流の結果をまとめ、解析するということは、僕にとって非常に強力な武器を手にするのと同じ事だ。

僕らの仕事は、ウミガメ資源を回復させ、維持していく方法を確立することである。実績の積み重ねと状況分析が、仕事を拡張していくのである。だから、常に情報や知識の吸収を怠ってはならない。これがなかなか難しい。いつもどこかで立ち止まってしまう。ついつい後ろを振り返ってしまう。自分たちの築いた実績に満足してしまうのである。立ち止まったときは、僕らの仕事も停滞してしまう。海岸を歩くにしても、カメに標識をつけるときにしても、常に新たな感覚を持てるようにしていないとならない。それが、いつのまにか同じ仕事の繰り返し作業になってしまう。それは僕らにとっては停滞を意味し、崩壊に繋がることなのだ。新しいことを常に追求していくのは単なる冒険であり無謀なことだけど、一つずつステップをあげていくことは、大いなる前進である。僕らがやっていることには新しいことはほとんどない。これまでみんながやってきたことを少しずつ積み重ねてやっているだけである。それが、ウミガメ資源を守ることに繋がっているのだと、僕は確信している。現実に少しずつではあるが、その成果が現れ始めている。しかし、それも単なる過程の中の一つの現実にしか過ぎないのだと、一つの経験に過ぎないのだと判断することが大切だと思う。

今、インドネシアで5カ所のタイマイの繁殖地、3カ所のオサガメの繁殖地、国内では関東周辺のストランディング調査、小笠原ではアオウミガメやザトウクジラの繁殖地で資源管理や調査を行っている。これらをたった6人のスタッフでこなしている。もちろん、多くのボランティアやインドネシアの地元の人々にも支えられているが、当初は、インドネシアのプロジェクトとストランディング調査はたった2名でやってきた。よくやって来られたものだと思う。きっと、立ち止まらずに来られたことが、今の形になっているのだろう。(「僕らにはパワーが必要だ」了)

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