いったい何のために(No.13)

2005年8月21日にインドネシアに行った。オサガメ調査をするためにパプア州のソロンに入ったのは24日だった。そしてジャカルタには27日戻った。ふと思う、僕にとってこの1週間は何だったのだろうかと。

今回の調査は遠洋水産研究所の人と一緒にオサガメの衛星追跡をするために発信器を5台装着すること、約200カ所にマーキングした産卵巣をすべて掘り出しふ化率調査すること、産卵巣の食害調査をすること、野生ブタによる産卵巣の食害防止管理体制の見直し、ウェルモン海岸の監視体制の見直しなどなど盛りだくさんだった。ソロンから海岸まで海路で150kmありスピードボートで5-6時間かかる。現地には8泊9日で行く予定だったがこれらの調査すべてが僕の手から放れてしまった。

パプアに入るには警察の許可がいる。打ち合わせもしなきゃいけないのでジャカルタでの2~3泊はどうしても不可欠だ。これまで僕は7年間、年に3-4回パプアに通っている。パプアのオサガメは1993年に住民自らが卵の採取禁止したことに対して、林業省自然保護局ソロン支局とWWF-Indonesiaが12名の地元住民を監視員として雇用し、産卵巣のモニタリングをサポートしたのが始まりである。ところが1999年9月に僕らが初めて行ったときにその資金が行き詰まり、林業省とWWF-Indonesiaから援助の依頼を受けた。この時にパプアに行ったのはあくまでもインドネシアでの本来の仕事であるタイマイ調査である。その時までオサガメ調査に手を出すとは思ってもいなかったのである。2000年4月から僕らとインドネシアウミガメ研究センターによるオサガメ資源回復プロジェクトは始まった。ところが僕らのプロジェクトに危機感を持ったWWF-Indonesiaは7月から12名の半数に勝手に給与の支給を始めモニタリング調査を再開し、その後監視員も20名に増やした。これにより監視員が2分化し、村の中でもお互い対立する存在になってしまった。WWF-Indonesiaは4月から9月までのモニタリング、僕らはモニタリングばかりではなくあくまでも資源回復のための調査と管理体制の確立である。その後2003年に米国海洋漁業省(NMFS)がWWF-Indonesiaを窓口にしてオサガメの衛星追跡をするために入り込んできた。まさに日本の遠洋水産研究所が僕らと共同で衛星追跡するのと同じ時期となったのである。

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構図は日本の水産庁・ELNA・インドネシアウミガメ研究センター・監視員とNMFS・WWF-Indonesia・監視員とが対立するようになってしまった。米国側は豊富な資金で資源量把握のために、大量(10-20台)の発信器の装着、飛行機を使用した上空からの産卵巣を計数する資源量調査、毎日のモニタリング調査それに村人たちにボートの提供、僕らは欠乏する資金の中、資源回復をめざすために毎日のモニタリング調査、食害調査、食害防止対策、ふ化率調査、海岸のセクション分け、少量(2-10台)の発信器の装着、監視及び調査体制の確立、地元の人が自分たちで管理体制ができるように調査技術や管理体制の研修などを行っている。これらのプロジェクトでお互いに棲み分けや共同体制についての話し合いはWWF-Indonesiaと何回か行われたが具体的な共同プロジェクトが実施されたことはなくいつも裏切られてきた。そうした中今年になって、僕らのランダムに海岸全体を対象としたふ化率調査のために産卵巣をマーキングした中を100mずつ8カ所のふ化率調査対象区を何の相談もなくいきなりずけずけと米国は設置し、僕らの監視員をそこから追い出した。僕はカメを初めて30年間ただひたすらにふ化率調査をやってきた。今の米国にふ化率調査なんかできるやつはいないし、そのデータを基に自然下でふ化率を向上させ稚ガメの生産量を上げる芸当など誰もできるものじゃないという自負を持っている。彼らができることはせいぜい卵を移植するくらいだけど、オサガメ卵の人工ふ化に関してまだ誰も高ふ化率を得ていない。メキシコなどの人工ふ化率は20年も携わっているにも関わらず30%台でしかない。

そして今回の事件になる。ソロンに入った僕らと遠洋水産研究所の人は外国人だという理由だけで林業省自然保護局ソロン支局からの調査許可は所長がサインしなかったため出なかったのである。その時ソロンにいた村長や村人、僕らの監視員やWWF-Indonesiaの元監視員たち13名が所長に直談判に行ってくれたのだけど所長には通用しなかった。また林業省自然保護局の許可担当者も所長と大喧嘩までして許可を出すべきだと言ってくれたのだけど、僕らは米国側の豊富な資金に負けた。僕らが入るつい3週間前まで米国人が海岸にいたのに、僕ら日本人は海岸に入れなかったのである。ソロンの警察からはいつも通りの許可は取れていた。無理をすれば行けなくはなかったのかもしれないが、僕はこのくだらない対立を解決するために、あえてこの問題を表面化するためにジャカルタに引き上げた。一体米国は何のためにはるばるパプアまで行くのか僕には理解できない。ただデータを取るだけならば、ただパプアのオサガメの減少を見守るだけなら、ただ減少の要因を延縄漁の禁止に結びつけるためだけなら、米国がパプアに行く意味合いは全くないと思う。今のところ僕からみると米国やWWF-Indonesiaは資源回復につながるプロジェクトを何もやっていない。僕もまたこんなくだらない問題を解決するためにわざわざパプアまで行きたくはない。それでなくても資金をやりくりし、日にちを費やし、オサガメ資源回復のためのデータを取り、稚ガメの生産量を向上させるために全力投球をしなくてはならないのに、問題点はどんどん現場を離れて行ってしまう。僕自身もいったい何のためにパプアに行かなくちゃならないのか、僕自身の中からもパプアのオサガメは離れていってしまいそうだ。(「いったい何のために」了)