ウミガメを知る?(No.18)

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最近、学生や若い人たちが事務所によく来る。ウミガメをやる人たちが増えているのだろう。「ウミガメをやる」と書いたが、まさしく「ウミガメをやる」のである。彼らから話を聞くと、「ウミガメをやりたい。」と言う。だけど、話はそこで終わってしまうのである。そこから話が進まなくなる。「ウミガメをやりたい」という気持ちは分かるのであるが、じゃあ何をやるかとなると突然思考回路が中断してしまうようだ。ストランディング個体の剖検をしていても、言ったことはやってくれるけど、自分たちで何かを見つけたり、自分たちで何かを考えながらデータを取っている姿はそこには見えない。きっとウミガメがやりたくて、ウミガメをみて、そこで満足してしまっている。というか、そこから先は見ようとしないので、何も見えない。彼らのそんな姿を見てふと考えてしまう。確かにウミガメのことは好きなんだろうなと思う。そんな仲間が何人か集まって、その一員であることに満足している。みんながそれに満足してしまっているから、そこからは個人や自分たちの意志、目指すものが生まれてこない。これも時代なのかもしれない。

ウミガメの近代的な調査や研究は1960年代から始まった。オーストラリア、アメリカ、マレーシア、スリランカなどでほぼ同時に始まったのである。また、マレーシアのオサガメの卵の移植(保護?)もこの頃から始められている。日本ではウミガメを対象にした研究は当時ほとんどない時代であった。1910年に小笠原で人工ふ化放流事業が30年間に亘り行われたが、戦後では1950年代に徳島県の日和佐中学校で大浜海岸に産卵するカメや卵の保護活動が嚆矢とされる。1970年代になって小笠原や御前崎で人工ふ化放流事業が本格的に開始され、新潟でウミガメ類のストランディング調査が始まる。1980年代になって屋久島、宮崎、南部など日本各地でウミガメの保護を行う団体が活動を開始した。

これまでのウミガメに関する調査や研究内容を見てみると、当初は産卵地における産卵行動やふ化に関するものが中心となっており、ほぼ同時に標識放流も実施されるようになった。ウミガメにアドバルーンをつけてウミガメを追跡するということもコスタリカのトルチュゲロで行われた。ウミガメ学の先駆者といわれるアーチー・カーの偉業である。現在のウミガメ学の発展は彼の弟子たちの貢献によるものが多い。1980年代と90年代は、いわゆるフロリダ派と呼ばれている彼らと、それ以外の反フロリダ派の葛藤が世界のウミガメ学を発展させてきた。この問題の中心となったのが「温度による性決定」である。

この40年あまりの間に、産卵生態・ふ化率調査・標識放流・成長・成熟年数などの型どおりの調査や研究が最初に行われ、その内容は徐々に細分化されていく。消化酵素や産卵行動に伴うホルモンの研究、食性などの生理学的研究や、飼育化における病理学的な地道な研究がなされ始める。前述したように1980年になりウミガメ学は「温度による性決定」を中心として回り始め、卵の人工ふ化や移植という保護活動に性比の偏りという大きな問題を投げかけることになる。しかし、これの研究は孵化直後の稚ガメの解剖を伴うために10年ほどで衰退していく。この問題が世界のウミガメの系群分けの必要性を醸しだし、系群解明のためミトコンドリアDNAの解析が野火のように世界中に広がるが、形態を重要視する研究者にはその解析に反対する者も多い。

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現在ミトコンドリアDNAを使用した遺伝子の解明によるウミガメの系群分けは混沌の世界にはまっているが、遺伝子のマイクロサテライトによる解析方法の出現により新たな光明を見いだしている。これはウミガメが産卵地を中心として研究や保護活動の対象とされているため、系群分けが重要視されたことによる。各地におけるウミガメの回遊経路を解明するために、衛星を使ったアルゴス追跡が行われたのもこの頃である。それと同時に産卵期の間に水深計や水温計、いわゆるロガーも装着され始めたが、ウミガメの行動解明に革命を起こした加速度計が日本で開発される90年代後半まで、ロガーの研究は細々と継続されていた。また、アルゴスやロガーを使用するという派手な調査と並行して、産卵行動や稚ガメのふ化後の行動を阻害する光害の地道な研究がなされ、ウミガメを取り巻く環境保全という新たな分野の開発もなされた。これはウォッチングという経済的価値観だけではない新たなエコツーリズムという考え方の原点となる研究と位置づけられるだろう。

海岸以外、すなわち外洋でのウミガメの行動が調査され始めると、漁業活動の混獲の問題が浮上してきた。アメリカが莫大な予算をかけて底曳きトロール網に「ウミガメ排除装置(TED)」を開発・法制化し、公海上の流し網の禁止、ハワイ近海の延縄漁禁止区域の設定、太平洋の延縄混獲問題の表面化と変遷していく。混獲を緩和するミチゲーションの研究が主体となっている限り、その方向は政治的な局面へと向かって行かざるを得ない。混獲種全体を把握することにより、種全体の資源回復を主体とすれば、保全管理の方向へ向かっていく。しかし、混獲問題に限らず、このような活動は単なる保護活動としか受け取られず、自然保護は学問の域から大きく外れているという認識を逸脱することができないのが現状である。

2000年以降、また新たなウミガメの研究方法が出現する。日本人によりなされた安定同位体を使ったウミガメの行動範囲を推測する研究である。食性により相違する窒素と炭素の安定同位体の比率を分析することにより、索餌海域が異なるグループの存在が示唆された。この研究を今後どのように展開させていくか、アメリカのグループがこの研究に真剣に取り組み模索している。これらの研究以外にも画期的なものとして、30年以上も継続されている「稚ガメの方向性は何故決定されるか」という研究も何人もの研究者が真剣に取り組んできた問題である。10年ほど前に一人のウミウシの研究者により稚ガメの行動が磁場に影響されていることが解明された。最近では稚ガメばかりではなく未成熟ガメも磁場に影響された生息域や方向性を持つことが判明されており、ウミガメ学の中でも革新的な研究として評価されている。トピックス的な性決定、加速時計、アルゴス、磁場、光害、安定同位体といった研究以外にも様々な分野でウミガメの調査や研究がなされているが、一方ではあくまでも学問的な調査や研究であり、一方では政治的な駆け引きの道具となっている。

実際にウミガメが産卵したり摂餌したりする現場で、地域の人々と共にウミガメや環境を保全していく活動は学問的な位置づけをされておらず、研究の場と保全の場の溝は深い。調査や研究結果を適切に評価し、それをフル活用して地元の人々と共にウミガメの資源管理という観点で保全を実施している場所や団体はほとんどない。ウミガメを取り巻く学問的な世界と現地の人々が深く関わる現場の世界を結びつけるためにも、若い人々にウミガメ学の世界と現場を知ってもらい、ウミガメと関わることにより自らの方向性を見いだしてもらいたいと思う。(「ウミガメを知る?」了)

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