時代の中の保護活動と責任(No.19)

ウミガメばかりではなく、野生の動植物に関してもそうだけど、保護というと現場でその対象を守ることが最も重要な活動であると思われている。本当にそうであろうか。今の日本では、ほとんどの保護団体がその様な立場で活動をしているし、様々な企業や自然保護を標榜している団体の助成金もそれを目的に求め助成している。しかし、現場で活動していると、最近このことに疑問と不安を持つようになった。

確かに、自然保護活動そのものは大切なことであろう。それは理解できる。30年あまりウミガメと接していて疑問に思うのは、なぜ僕がそれほどの長期にわたりウミガメと接することができたかである。もともと、財団法人の職員として、もっともその前の5年ほどはアルバイトをしながらのボランティアであったけど、組織の一員としてウミガメと共に歩んできた。5年ほど前にELNAを立ち上げて改めてウミガメに接してみると、それまで行ってきた活動がいかに曖昧であったか、今更にして自責の念に駆られる。また僕の中ではすでに活動という言葉はその意味を無くしている。今の僕には事業という観念しかない。それは、ウミガメを保護(観念的には資源管理であり、僕自身保護という言葉もあまり使わない)するのに、今後個人や団体のボランティア活動だけで対応できる状況ではなくなっているからである。また、専門的な知識を吸収し、それをロジカルに理解する努力や能力も必要だし、国際的なつながりの中で仕事をしなければならないし、政治的な土俵にも入らなければならないからである。だから、今のELNAはボランティア的精神を持ち合わせていない。僕らの場合、ボランティア的精神で接していると、受ける方も与える方も、どちらも責任が曖昧になるし、内容的にも満足できるものにはならないからである。構造的に考えると、僕らはこれまでの経験と知識を販売しているのであり、それを評価されて仕事をするわけであるから、これは明らかに事業である。もちろん、それに見合った結果も事業報告や決算報告で必要である。

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ある方向性を持った組織は、その目的を達するために事業を推進しなければならず、その事業を実施するために組織の基盤である維持管理が最も重要な仕事である。それができなければ、ウミガメの資源管理は僕らにはできない。僕らには、今関わっているインドネシアや小笠原のウミガメ類の資源管理を推進していく責任があるし、それを自負している。株式会社ならば、利益はみんなに還元されるけれども、僕らの場合は事業の結果内容がみんなに還元されなければならない。

でも、このような概念は今の日本ではなかなか受け入れられないであろう。感情的に自然保護はあくまでも事業でなく、活動であるという概念から脱却できない。これらの言葉から受けるニュアンスがまるで異なる。しかし、ウミガメが減少し、ウミガメの世界もますます国際化している状況の中で、それぞれの活動団体は今後どのように対応していくのだろうか。今年、日本のウミガメの産卵数は昨年より半減した。中には全く産卵しなかった場所もある。10年、15年前に数百もの産卵巣があったけれども、今年は数巣しかみられなかった場所もある。確かにこれらの減少の要因を地元の繁殖地の行政や団体だけに求めるものではないであろう。もちろん、外部的要因が重要な作用をしていることは推測に難くない。しかし、ここで問題なのは、その減少の要因をどのように解釈するかである。それまで携わってきた人々がどのように感じるかである。残念なことだけど、ボランティア精神や学校の教育的目的も含め行政の担当者としてやっていると、このような責任とか自負を感じることは希薄である。何も彼らを責めているわけではなく、これは時代が変わりつつある中で必ず出てくる現象であると僕は思っているから、あえてここで書いているだけである。ただ、いま言われている「自然との共存」、僕の中では資源の維持管理は、それぞれ、それらの対象に接している人々が、責任が発生する自分自身の仕事として関わらない限り、実際には存続できないし、その状況を作り出すことさえ難しいであろう。(「時代の中の保護活動と責任」了)