死体(No.7)

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この3年あまり、僕は死体と関わっている。もちろんウミガメの死体だ。皆は漂着(ストランディング)と言っている。漂着死体の話題はこれまでにもちょこちょこ出ていた。しかし、それを解剖したとなるとほんのわずかな例しかなかった。しかも、異口同音に、腐っていてすごい匂いだとか、手を突っ込んだときの気持ち悪さとかが話題になり、それから得られたデータが表に出てくることは全くといって良いほどなかった。その背景には、俺たちは、こんなにいやな思いをしてまでウミガメの保護に真剣なんだという、人の無意識のいやらしい裏の気持ちがあからさまに見えている。どうも、データよりもその気持ちの方が日本の自然保護にとっては、大切なようである。「命の尊さ」とか「命の重みとか」、自然保護に関して、必ずといって良いほどマスコミなどで利用され、それを言っている本人もそれを前提にしている。僕は、ストランディングの解剖がイヤだとか、辛いとか思うのなら、ならやらなければよいと思う。

緩傾斜護岸とか階段状護岸、離岸堤などを背景に打ちあがっているウミガメの死体に虚しさを感じる。何もない自然の海岸に打ちあがっているウミガメの死体は、何とも言えない神々しさがある。彼らは無言で何かを訴えようとしており、僕はその声を何とかして聞き出そうとしている。今年だけで50頭以上の死体を解剖したが、最近になって漸く彼らの声の一部が理解できるようになった。ウミガメがこの地球上に数千万年も生き続けてきた存在感、それが断ち切られようとしている現状、やりきれなさと虚しさがある。ウミガメを解剖していると後ろの護岸が重圧になって迫ってくる。僕にはどうしようもない現実が無言の圧力となって押しつぶそうとする。人が地球のあらゆる場所を土足で歩き回った結果、そこにいた多くの生物たちはその生きた証さえなく、消滅していっている。僕は、ウミガメという狭い世界にしか立っていないけど、そのウミガメさえも、多くは人知れず海岸に打ちあがり、白骨化して、消滅している。

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食道の喉付近まで餌を一杯に詰めて死んでいったウミガメ、もうこれでもかというくらい腸の中に海藻を詰め込んでいたアオウミガメ、ヤドカリのハサミや殻を胃の中にぎっしりと詰め込んだアカウミガメ、消化管の中にほとんど何も入っておらずやせ衰えたまだ未成熟のアオウミガメ、気管の中に血の泡を詰まらせて死んでいったウミガメたち、死亡したウミガメたちは、一頭、一頭、皆それぞれ自分の主張をしている。自然界では決して食べることのできない、まだ消化されていないアジが食道に入っていたあのアカウミガメは、明らかに死ぬ寸前に人の生活圏に迷い込んだものだ。小さな釣り針が胃の中から出てきたこともある。プラスチックや発泡などの人工物が入っているものもある。しかし、これらの人工物が死亡原因になることはほとんどあり得ない。また、このことから、ゴミを捨てるのは止めようとか、ウミガメがかわいそうだとか言うキャンペーンもやるつもりはない。ウミガメたちが死んでいっているのは、個人がゴミを捨てたり、個人がウミガメをいじめたりしている結果ではないからである。人類が生存しているという中での犠牲者となっているからである。

ハワイでは、うち捨てられた漁網がサンゴ、ウミドリ、アザラシ、ウミガメを殺しているため、毎年数ヶ月もかけて大がかりな漁網回収をやっている。これは世界中で行われている漁業という経済活動の中で起きている結果である。インドネシアでは、人々はゴミをぽんぽんと気前よく何処でも捨てる。ゴミ収集してもらうにはお金を払わなくてはならず、一般庶民には手の届かないシステムとなっているからである。特に、川はゴミ捨て場やトイレとして機能しており、ゴミや排泄物を海に運んでいる。その結果、インドネシアの沿岸は茶色く濁り、プラスチック袋やロープが漂っている。漁船が沖に出るまで何回もスクリューに絡まり、その度に潜水してそれを取り除くということが日常茶飯事になっている。そして、日本の海岸は異常なくらいコンクリートで固められているのである。これらのことは、個人の行為でなくなるものではなく、人が生きていく上で起きてしまっている事実なのである。人と人との諍いがなくならないのと同じだと思う。

死んでいったウミガメたちは、僕にこのようなことを身近に感じさせてくれる。他にも、全く想像もしていなかったようなことを教えてくれる。関東周辺のアカウミガメの死体は、そのほとんどがまだ成熟していない。成熟の一歩手前で死んでいる。僕にはまだその理由はわからないが、僕は死んだウミガメたちの無言のメッセージを聞き出すのが楽しくてたまらない。人知れず何も語らずに消滅していくより、僕のようなその声を聞こうとする人がいた方が、ウミガメたちにとっても、多分、良いことなのだろう。(「死体」了)

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