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インドネシアの人々(No.5)

インドネシアの人々に、僕はいつも教えられている。物の考え方や行動が僕とは全く違う。まあ、僕も典型的な日本人でないことは自覚しているけど、どうやっても理解できないことがある。最初のうちは、いつも心の中で「ここはインドネシア、ここはインドネシアなのだ。だから何も考えてはいけない。」と思っていた。しかし今は「やっぱしここはインドネシアだ。何となく・・・・いいなぁ。」と余裕がある。スケジュール通り物事が動かないのは、人がやっているから。一人一人は全く完璧でないことをいやと言うほど教えられる。日本人なら、表面を繕う。しかし、彼らは生の姿でぶつかってくる。そしてこの感覚が仕事を一緒にやっていく上で欠かせない、目に見えないスケジュールの一つになっていくのである。重要なことは結果を出すこと、過程や時間は、結局は何の効果も生み出さない。不完全な人々が集まって何とか形ができていく。それは僕らも一緒だ。その上、出てくる結果は予想以上のものができあがる。今は、これだから一緒にやっていけるのだと思うようになった。

しかし、その感覚もインドネシアに行くたびに微妙に違ってくる。最初の頃は、「よくバスになんか乗って来ましたね。」「タクシーだって危ないでしょ。」「ジャカルタの北の方に泊まっているんですか。大丈夫ですか。あっちの方は危ないですよ。」「電車になんか乗ることがあるのですか。とんでもないですよ。」「調査で漁船になんか乗って怖くないですか。」などなど、こんな言葉をよく聞いた。かつては、その度に「インドネシアの庶民の人たちが使っているし、住んでいますから。だから一番安全でしょ。」と、答えていた。しかし、今はそれも少し違うと思っている。自分自身が心地よいからそういう選択をしているだけなのだ。

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インドネシアに20年以上住んでいる人からはそんな風な質問はない。その人の話を聞いていると、この人は本当にインドネシアが好きなんだなぁと思う。話をしていてすごく安心する。僕自身がそこまでまだインドネシアにとけ込んでいないことをつくづく考えさせられる。インドネシアという国と正面から向き合っているその姿に本当に頭が下がる思いがするが、そんな気負いも全く感じない。

僕は調査に連れて行く人を必ず電車に乗せている。電車の中では、ほんのちょっとだけど、インドネシアをかいま見ることができる。実際電車に乗っている人たちはどちらかというと貧しい人たちが多い。物売りや物乞いがひっきりなしに通っていく。せきに座っている若者の膝の上に年寄りが平気な顔をして座ってしまう。若者もまるで気にしていない。物乞いの人が来ればそれぞれいろいろな人がいろいろな物乞いたちに施しをしている。イスラム教で言う喜捨だ。少しでも平等に、持てる人が持てない人に喜捨する。こんなことは普通の生活のほんの一場面であることになかなか気づかなかった。

僕がウミガメの保護を頼んでいる人々は字が書けないし読めない人がいる。自分の歳さえ判らない人も多い。でも、みんな仕事は気持ちよくやってくれている。最初の頃は飯も調査も決して僕らと一緒にやらなかった。偉い人が最初に飯を食べ、その後食べることが習慣としてある。家庭に行っても、父親が一番上で父親の兄弟、成人した息子、母親と子供はお客が帰ってからご飯を食べる。それはそれで習慣としてあるのだからしょうがない。だけど仕事の時は話が違う。調査などで後ろから金魚の糞みたいに付いてこられても、彼ら自身が何も覚えないし内容のない調査になってしまう。また、調査中の飯の時などそんな事していたら倍の時間が掛かる。でも、一緒に飯を食うようになるには3年ほどかかった。今ではごく当たり前にみんなでワイワイ言いながら食べている。 (「インドネシアの人々」了)