徒然なるままに(No.31)

つれづれなるままに、文章を綴る。それほど、「独り言」の文章が書けなくなった。今年になって既に4回インドネシアに行っている。小笠原も3回である。ほとんど横浜にはいない。けど、活動の中心はやはり横浜である。もちろん、発想の出発点も横浜である。最近、それがあいまいになってきている。どこに足をつけているのやら、自分で分からなくなってきている。いろいろなところで、様々な問題がちょこまかと噴出している。それを一つずつ丁寧に対処しなければならない。パプアでは、僕らのボートを村の人が勝手に使って、そのガソリン代を当たり前のように平気で請求してくるし、産卵巣につけてある番号が、綺麗に順番に、日付順に、西から東に100mごとに並んでいる。毎日、オサガメは西から東に100mごとに順番に産卵していることになっている。こりゃ、ありえないだろ。でも、産卵数自体はあっていることになる。僕の頭の中では理解できないことばかりが起きる。インドネシアで5隻ほどの船を購入したが、最初の1隻は預けた人が、子供が病気になったからといって、かってに売払ってしまった。2隻目は、インドネシアのスタッフを乗せて3日間漂流したが、ニュースにもならないし、同僚のスタッフも心配しない。なぜか無事に帰ってきたけれど・・・。その後、使われずに廃船。3隻目は水漏れが酷く、エンジンも錆々なのに、水漏れ部分だけを補修しようという。なぜと聞くと、エンジンはまだもったいないし、動くからと・・・。でも、せいぜい持って数ヶ月、また直すなら、根本的に直すか新規に購入したほうがよいと思うのだけど、これが通用しない。使えるものは骨までしゃぶる。贅沢しない清廉な人々。と、思ったら大間違いである。レストランとかに行くと、一番高い飲み物を頼んで、少ししか飲みゃしないし、さらに追加注文するし、料理も明らかに半分以上残るくらい注文するし、僕の頭は噴火しそうになる。更に船の話し。4隻目は、今は無事に使われているが、最初はエンジントラブルで大変だった。5隻目はつい3週間前に買ったばかり。スタッフ一同でこの船が一番、最高の船だって皆で賛同して購入したはずなのに、現場から戻ってきたら、「この船、最低、使えない」とのお言葉。とにかく不安定なのだ。身体を少し動かすだけで、大きく揺れる。脇から水がザボザボ、板の継ぎ目からもドクドク、5分おきに水をかき出さなくてはならない。この船で150kmの移動。12時間も乗っていた。それも往復。僕の頭からはもう溶岩がチョチョ切れている。

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思ってもみなかったことが多すぎ、思わず笑ってしまうのだけど、できれば横目で見ているだけにしたいのだけど、そういう訳にもいかない。文化や習慣の違いの前に、個人の思考力や物の見方が全く違っているのである。どうして曲甲長より直甲長が長くなるのだ。どうしてそれを当たり前だと思ってしまうのだろう。物の道理や数字的な絶対性はそれ程大切でもなんでもない。鹿を見れば、何も持っていなくても捕まえようと追いかけていく。もちろんそれで捕まるはずもないのに。でも、僕は見てしまった。一度だけ。鹿を海に追い込み、溺れさせ、捕まえてしまったのである。凄い。夜、と言っても夜中の3時頃、小屋の後ろでなにやら焼いている。キノボリカンガルーである。美味そうに食っている。聞くと、弓で射ったという。一見その竹でできている弓はどう見ても、子供のおもちゃの延長線上にしか見えないのだけど、ちゃんと機能するのである。熱帯雨林の木はとにかく高い。その木の上にいるカンガルーやクスクスを、そんな弓を使って捕まえてしまう。人が生きるという本能がまるだしで、そのような時人の姿は美しく見える。そんなことに感動し、小笠原の人材不足に嘆き、イベントでは笑顔でお客さんにカメの話をしている。そう言えば、こんなこともあった。監視小屋ではジェネレータを回し蛍光灯が点く。そしてDVDプレイヤーまである。監視小屋の周りは熱帯雨林、雨が降るとまっ茶色に濁る濁流、インコやサイチョウが飛び交い、ジャングルではニシキヘビや飛べない大型の鳥カスアリ、そして有名なゴクラクチョウ(フウチョウ)が生息する。小屋で蛍光灯をつけると羽アリが雲霞のごとく集まってくる。ここからが見ものである。蛍光灯の下に巨大な黒い塊となった羽アリが飛び交う中に竹の先につるしたテカテカしたレジ袋、何故かそれに羽アリが吸い付き、赤かったレジ袋は真っ黒な死骸の層になる。そして羽アリは一掃される。僕は思わず唸る。パプアは凄い。ある時は、頭の中が空っぽになるくらいの炎天下で1日に海岸を10kmも20kmも歩き、うつろな目をしている。どれもこれもが自分自身であるのは分かっているのだけれど、収拾がつかなくなっている。僕自身の中では、小笠原もインドネシアも、カメが勝手に増えてくれている。僕は横目で見ていただけ、そんな気分でしかない。これまでの30年間も、これから先の年月も、このまま行くのだろうと泰然と構えている自分が見える。(「徒然なるままに」了)[/expnad]