時代は変わる(No.38)

昨年、インドのゴアでウミガメの国際会議が開催された。その会議中の特別講演でアメリカのウミガメ学者であるジャック・フレーザー博士の話が印象的であった。ウミガメの話はほとんどなく、様々な国や環境に関わっている人たちは環境保護とか自然回復とかいうけれど、今の時代ではそのようなことは不可能であり、見方を変えないといけないという話であった。近年起きたスマトラの地震、日本の北海道南西沖地震の奥尻島の津波、アメリカのハリケーン被害など世界各地で起きている多くの災害例を出しながら、人類は自然に対してどのように対応できるか。人類が誕生した頃には、地球上の1種の生物としての存在でしかなかったのが、近年になり、それもここ数十年のわずかの期間で他の生物に与えた影響がいかに大きいか。重要なことは、これらの変遷は決して元に戻らないということを認識することである、という論旨であった。全くその通りだと思う。生物は、決して直線的に増加したり減少したりするわけではなく、環境変化に影響を受けながら増減を繰り返し、全体的な傾向として極端な場合、異常に大繁殖したり、絶滅したりする。もともと人はその対象となる生物がかつてどのような状況にあったのかを知らない。最も古いデータを持ち出して、減少した生物をその状態に戻すことを夢見るのである。爆発的な人類の増加、世界的な流通経済網の発達、そのような状況下で現在絶滅危機に陥っている生物のキャパシティはあるのだろうか。すでにそのキャパシティすら、人が創り出していかなくてはいけない状況になっているのではないか。人はそのような能力や創造力を持ち合わせているのだろうか。

昨年、小笠原では人工ふ化放流事業の100周年を迎えた。100年前にアオウミガメ資源の激減をみて、資源回復のために日本の国が世界に先駆けて開始した事業である。第二次世界大戦まで30年にわたり継続されたこの事業は、結果的に成果をもたらさなかった。さらに、この事業は1968年の小笠原返還後、東京都によって再開されたが、2008年でエルナは98年前に小笠原で開始されたこの事業に幕を下ろした。

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小笠原は、親ガメを蓄養池に入れて人工的な産卵場で産卵させ、人工ふ化放流をやってきた。世界的には、海岸で産卵された卵を移植してふ化させるのが主流である。しかし、世界的に見て、人工ふ化放流でその地域の繁殖数が増えたという実例は一つもないのである。フロリダのアオウミガメやメキシコのケンプヒメウミガメが増加したのは、人工ふ化放流事業ではなく、ヘッドスターティング(短期育成)ガメの放流である。

僕らは、慣習や日常的行動にとらわれやすい。特に、長期にわたって行われてきたことに対して、疑問や不安を持ちにくい。常に、行動の意味や成果に対して疑問を持ち続ける気持が必要であり、疑問があってこそ情報やデータを収集するのである。しかし、未知のものに対してデータを取るのは積極的になれるが、既存のものに対してデータを取るのには積極的になれないでいる。標識放流データのような慣習的に取得されたデータの解析にも積極的になれないでいる。見方を変えれば、このようなデータや情報も決して過去のものではなく、現在の状況に繋がるものであることに気づかなければならない。同じデータでも10年前に解析するのと今解析するのでは全く意味合いが違ってくる。いつの時代のデータでも自分達が取得したものは、いつでも活かされていくし、その時代に合った方向性が見えてくるものなのである。僕も小笠原でウミガメのことを始めた当初は、何千頭ものアオウミガメが小笠原の周りに生息しているものだと思っていた。今は、小笠原のアオウミガメをどのような位置づけをして対処していかなければならないのかに悩んでいる。これは、インドネシアのタイマイやオサガメ、アオウミガメに対しても同じである。これらの種が将来的に生存していける許容量を確保できる環境を人は創っていけるのだろうか。そのような時代を切り開いていけるのだろうか。それは決してウミガメの世界だけのことではない。(「時代は変わる」了)